Discover 江戸旧蹟を歩く
 
 千葉県市川市 真間

  ○ 浮島弁財天
  ○ 手児奈橋親水テラス
  ○ 桜土手公園(文学の道)


浮島弁財天 市川市真間2-7-12

 真間川沿いに浮島弁財天があります。

    

     

<浮島弁財天縁起>

(説明板)
「浮島弁財天縁起
 浮島弁財天の歴史は古く、現存する勧進碑の記録によれば、天保十二年辛丑一八四一年二月と記されているが、恐らくはそれ以前の創建にかかるものではないかと推測される。
 浮島弁財天の御尊像は[金光明勝王経]に[常に八臂を以て自らを荘厳し、端正にして見んと楽うこと満月の如し]と説かれてあるように、優美なお姿で、白龍王が侍るが如くに巻き付いた厳頭に麗しく座している。
 この御尊像は、池上本門寺第七十四世・真間山弘法寺第七十世、謙光院日慎上人の際に開眼された。浮島弁財天の祠は、以前は川を隔てて真間小学校の斜め右手[現在のポンプ場、通称弁天の森]のところに、真間川の中に突き出た島に鎮座していた。
 その当時は浮島弁財天に参拝するためには、二方向からの橋を渡らなければ行けず、祠の後ろには御神木といわれる欅の古木があり、根元の虚には白蛇が棲んでいたといわれている。
 古来より、浮島弁財天に願をかけて成就した者は大変多く、名誉や富を願うものには立身出世して財福を成し、福智円満や子孫繁栄を願う者には、福徳と知恵を授かり、学問や技芸に秀でんと願う者にはその道の奥義を極めるなど、霊験あらたかであり、近隣はもとより遠方からの参拝者も後を絶たない。
 巳の日は弁財天様十二支の一日で十二日ごとに巡ってきます。
 巳の日に弁財天の遣いである白蛇(巳・へび)に願い事をすれば、その願いが弁財天に届けられると言われており、金運・財運にまつわる縁起のいい吉日のひとつとされています。
  平成二十六年十一月吉日 真間山弘法寺 浮島弁財天講」

   

<名妓之碑>

 昭和60(1986)年に建立された石碑です。市川には、かつて三業組合がありました。
 裏面には24名の芸妓の名が連なっています。
 名妓之碑を建てたのは、(草冠に配)島正嗣(はいじままさつぐ)氏(1922〜2012)で、彼の父親は現在の里見公園にあった「里見八景園」の創設者です。

   


手児奈橋親水テラス 市川市真間2-7

 平成11年12月に完成した手児奈橋の脇に親水テラスがあります。
 真間川の灯籠流し、ほおずき、萩をデザインしたレリーフと、手児奈ゆかりの万葉集の2首が歌碑として設置されています。

     

    

<歌碑>

 「葛飾の真間の入江にうちなびく たまもかりけむ手児名し思ほゆ」(山部赤人)
 「かつしかの真間の井を見れば立ちならし 水汲ましけん手児奈し思ほゆ」(高橋虫麻呂)

   


桜土手公園(文学の道)

 市川ゆかりの文学者と作品の紹介板が桜の樹の下に15枚掲示されています。

<市川と文学>

(説明板)
「“市川と文学”
 市川の文学は、万葉集に始まると言われますが、以来、多くの文人墨客がこの地を訪れ、市川を題材にした和歌や小説を残しています。
 万葉集には高橋虫麻呂や山部赤人が手児奈の歌を残していおりますし、江戸時代に入ると井原西鶴や上田秋成などの作品に市川の描写が見られます。また、明治になると、夏目漱石や正岡子規、高浜虚子の作品の中に市川の様子が登場するようになります。
 明治以降も北原白秋など多くの文人が移り住み、市川の姿を作品の中に登場させてきました。
 このように「市川と文学」は古代から密接な関係を築いてきました。
 古代より育まれてきた市川の文学に思いを馳せてはいかがでしょう。」

   

<文学の散歩みち案内板 真間文学マップ>

(説明板)
「市川と近代文学
 市川市教育委員会が昭和57年に発行した「市川の文学」には、近代文学関係で、伊藤左千夫、夏目漱石、幸田露伴、正岡子規、田山花袋、与謝野晶子、永井荷風、北原白秋、谷崎潤一郎、吉井勇、山本有三、吉川英治、水原秋櫻子、山本周五郎、三島由紀夫等、わが国近代文学の巨星をはじめ、90名にのぼる作家とその作品の一部が収録されています。
 これらの作家の中から、最も市川市に関係の深い人物の跡をたどったのが「近代文学のみち」で、その人物とは永井荷風、幸田露伴、北原白秋の三名です。(以下略)
  市川市」

「文学の道
 この桜土手公園は別名「文学の道」と呼ばれています。市川市教育委員会が昭和57年3月に発行した『市川の文学』には、市川市に関係する作家120余名が載せられています。その中で、近代文学関係では、伊藤左千夫、夏目漱石など90名にのぼる作家とその作品の一部が収録されています。
 これらの作家の中から市川市と最も関係の深い、北原白秋、幸田露伴、永井荷風の3名の跡をたどる道を定めました。その道は、京成八幡駅?白幡天神社〜桜土手公園〜手児奈橋〜亀井院〜手児奈霊神堂〜真間山弘法寺〜紫烟草舎(里見公園)です。
 このような中、真間史跡保存会の会長であった(はい)島正次氏の長年の構想のもと、有志のご協力をいただき、ここ桜土手公園と真間川沿いにある手児奈公園に市川市ゆかりの作家を顕彰する説明板がつくられ、昭和62年6月10日に完成お披露目をし、「文学の道」として親しまれるようになりました。平成19年にこの説明板が真間史跡保存会より市川市に寄贈され、平成20年に市川市が内容の見直し・改修を行いました。
 この文学の道を四季折々に散策されてはいかがでしょうか。
  平成20年3月 市川市」

     

   

<万葉の里 いちかわ>

 歩道には「万葉の里 いちかわ」、デザインマンホール蓋。

    

<遊具>

 歩道には動物の遊具、滑り台、砂場。

    

@江戸時代の真間の文学(松尾芭蕉・小林一茶・雨月物語)

   

A市川ゆかりの歌人(北原白秋・吉植庄亮・松本千代二)

   

B郭沫若

   

C市川ゆかりの川柳作家(阪井久良伎・吉田機司・松沢敏行)

   

D昭和の俳人が詠んだ真間(水原秋櫻子・富安風生)

   

E幸田露伴・幸田文

   

F万葉集から歌枕の地“真間”へ

  

G永井荷風

   

H真間に住んだ俳人(吉田冬葉・岸風三楼)

   

I能村登四郎

   

J水木洋子

   

 文学の道は、真間川に突き当ると、川沿いに浮島弁財天に向かって曲がります。

    

K中野孝次・山本夏彦

   

L宗左近

   

M井上ひさし

   

N市川ゆかりの歌人(神作光一・高野公彦・日高堯子)

   


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