Discover 江戸旧蹟を歩く
 
 草加市

  ○宝持院


○宝持院 草加市谷塚町1051 HP

 武蔵国八十八ヶ所霊場第六番、谷塚小学校発祥の地です。
 出羽三山供養塔と六阿弥陀道標を見てきました。
 山門の瓢箪から駒が次から次へと出てくる彫刻が印象的でした。

<山門/瓢箪から駒が出る>

 参道に大きな寺号標「長久山寶持院」
 山門には、躍動的で精緻な馬が彫られています。
 右手の男が持つ瓢箪から駒が出ています。1頭だけではなく、馬、馬、馬!

    

  

<忠魂碑>

 参道左手に、大正14(1925)年銘の忠魂碑があります。

 (碑面)「忠魂碑 元帥伯爵大山巖書」
 (裏面)「帝國在郷軍人會谷塚村分會 大正十四年三月」

   

<六地蔵尊/いぼ地蔵尊>

 参道右手に「六地蔵尊」と、享保11(1726)年銘の「いぼ地蔵尊」がおられます。

     

<谷塚小学校発祥の地>

 谷塚小学校は、明治6年(1873)に「下谷塚小学校」として宝持院で開校しています。

  

<左手のお堂>

  

<本堂>

  

<無縁塔>

  

<石塔群>

 墓地の横に、墓地を背に石塔群が建っています。

    

   

<庚申塔六阿弥陀道道標>

 一番左は、安永2(1773)年銘の庚申塔六阿弥陀道道標です。
 道標としては、定番の大師道はなく、六阿弥陀道のみを示し、六阿弥陀詣がさかんだったことが伺えます。

 (正面) 青面金剛立像
 (左側面)「六阿弥陀道 左」「下谷塚村講中」
 (右側面)「安永二癸巳星十一月 奉建立青面金剛之像」

    

    

<庚申塔>

 左から二基目は、寛文3(1663)年銘の庚申塔です。中央に三猿です。

    

   

<不動尊像>
 
 左から三基目は、宝暦9(1759)年銘の不動明王坐像です。

    

<庚申塔>

 左から四基目は、正徳2(1712)年銘の庚申塔です。

    

出羽三山供養塔>

 左から五基目は、文久2(1862)年銘(推測)の出羽三山供養塔です。

 (正面)「月山湯殿山羽黒山 三所大権現」です。
 (台石)「講中」

 (右側面)「天下泰平 國家安穏 五穀豊登 萬民快楽」
      「武州国足立郡谷古田領下谷塚村」
 (左側面) 紀年がありますが、よく読めない、「文久□壬戌年」から、文久2年と推測。
       大先達は大乗院。

     

     

   

<普門品供養塔/札所標石>

 六基目は、文政3(1820)年銘の普門品供養塔で、札所標石を兼ねています。
 札所標石は一般的に山門近辺にあるのが普通ですが、ここにあるということは廃れたのでしょうね。

 (左側面)「四國八十八箇所第六番写 宝持院」
      武蔵国八十八ヶ所霊場の第六番で、標石となっています。

     

<石碑>

 最後の七基目は、わかりません。

  


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